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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)1731号 判決

控訴人

株式会社檸檬

右代表者代表取締役

野口静子

右訴訟代理人弁護士

須田政勝

被控訴人

大阪リコー株式会社

右代表者代表取締役

飯野亨

右訴訟代理人弁護士

片岡成弘

片岡牧子

主文

本件控訴(当審で拡張した請求部分を含めて)を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対して、三〇八万円及びこれに対する昭和六一年四月二二日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え(当審において、請求の拡張があった。)。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人は、インテリア等の製造、販売を業とする株式会社であり、被控訴人はリコー株式会社の製造したコンピューター機器等の販売を業とする株式会社である(被控訴人の旧商号は近畿リコー株式会社である。)。

2  控訴人は被控訴人と昭和五八年八月二三日、被控訴人の販売するリコー株式会社製のコンピューターR一〇〇〇ソフト付(以下本件コンピューターという。)につきリコーリース株式会社(以下リコーリースという。旧商号はリコークレジット株式会社である。)から、リース料を同年八月から六〇ヵ月間毎月九万円宛支払うことを内容として、リースを受ける旨約した(以下、本件契約という。)。

その後、被控訴人はリコーリースに本件コンピューターを売渡し、控訴人はリコーリースから本件コンピューターのリースを受けた。

3  右のようなリース契約においては、物件供給者、リース業者及び物件使用者三者間の三面契約として、物件に瑕疵があるときは物件供給者が物件使用者に対して直接責任を負うものと解すべきである。したがって、本件においては、物件供給者である被控訴人は物件使用者である控訴人に対して本件コンピューターの瑕疵につき責任を負担するものというべきである。

4  (1) 被控訴人は控訴人に対して、本件契約に際して、本件コンピューターには、控訴人の営業内容に応じた見積管理、販売管理及び財務管理を行う能力がある旨保証した。

コンピューターは優れて技術性、専門性の高い商品であり、その販売に際してはその専門家である被控訴人が控訴人の導入目的を十分に調査し、その導入目的を達成できるかを検討した上で販売する義務がある。

(2) 加えて、被控訴人は控訴人に対して昭和六一年二月一九日、本件コンピューターの代わりに、右の能力をもつ大型コンピューターを納品する旨約した。

5  (1) 本件コンピューターには、見積管理の能力が備わっておらず販売管理の能力も不十分であり、被控訴人が保証した能力に欠けていた。

さらに、その能力欠缺の原因は、被控訴人において前記販売に際して調査義務を怠ったことにある。

(2) 控訴人は被控訴人に対して被控訴人が保証した能力を備えた大型コンピューターを納品するよう催告したが、被控訴人は右履行を怠った。

6  控訴人は被控訴人に対して昭和六一年四月二一日到達の書面をもって、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

7  控訴人はリコーリースに対して本件契約にしたがい昭和五八年一月一〇日から同六一年三月までの間に合計三〇八万円(この金額につき、原審では二九九万円と主張していたが、当審において三〇八万円と改めて主張し、請求を拡張した。)を支払い、本件契約の解除により同額の損害を被った。

8  また、控訴人の売上のほとんどはスーパーニチイへ納める什器の売上で占められており、その納品什器の見積に従前多くの時間をとられていたので、それを合理化することがコンピューター導入の目的であった。

控訴人は、本件契約に際して、このことを被控訴人に説明したところ、被控訴人において本件コンピューターが右目的に適した見積管理の能力を有する旨説明したので、この説明を前提として本件コンピューターを導入したのに、見積管理は全く不能であった。これは本件契約の重大な要素に錯誤があったことになり、本件契約は無効である。それゆえ、前記の既払分合計三〇八万円は被控訴人の不当利得となる。

9  よって、控訴人は被控訴人に対して本件契約の解除による損害賠償または錯誤無効による不当利得の返還として三〇八万円及びこれに対する契約解除の日の翌日または利得した日の後日である昭和六一年四月二二日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中リース料金の額を除き認める。本件コンピューターのリース料金の額は月額七万円であり、同時に契約したワープロ三一〇D(以下本件ワープロという。)のリース料金の額が月額二万円であって、その合計金額が月額九万円であった。

3  同3の主張は争う。

4  同4の(1)、(2)の事実は否認する。被控訴人は控訴人に対して、本件コンピューターの販売カタログを示し、機械とソフトの機能の説明をしたにすぎない。なお、見積管理は控訴人が本件コンピューターを購入する目的に含まれていなかった。

5  同5の(1)、(2)の事実は否認する。

6  同6の事実は認める。

7  同7の事実は不知。

8  同8の事実は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実及び同2の事実中リース料金の額を除くその余の事実は当事者間に争いがない。

そして、右リース料金の額は債務不履行または錯誤無効による不当利得の成立が認められた場合の損害額または利得額に関することがらであるので、その判断はひとまず措き、債務不履行による損害賠償又は錯誤無効による不当利得の成否について検討する。

二まず、債務不履行のうち、控訴人の営業内容に応じた「見積管理」、「販売管理」及び「財務管理」を行う能力があると保証したのにこれが欠けていた旨及び右のように保証するための技術的、専門的調査が不十分であった旨の主張(請求原因4、5各(1)記載)について検討する。

右争いのない事実に基づいて考えると、なるほど、本件契約及びこれに関連するリース契約及び売買契約は、物件供給者である被控訴人、リース業者であるリコーリース及び物件使用者である控訴人という三者間の契約が一体となって、一個の経済目的が達成される関係にあり、併せて、本件においては控訴人と被控訴人との間に直接に本件契約が締結されているが、このことから抽象的に直ちに、物件に瑕疵があるときは物件供給者が物件使用者に対して直接責任を負うものと解すべきではない(なお、〈書証番号略〉によると、本件契約には、被控訴人が控訴人に対してソフトの瑕疵で検収の日後四ヵ月以内に文書で通知されたものについて被控訴人の負担において修復する旨の約定があることが認められるが、このことは本件争点とは関係がない。)。

しかしながら、本件契約締結に際して、物件供給者が物件使用者に対して対象物件の性能を保証し、それが欠けていたなど物件に瑕疵があるときには責任を負う旨合意した場合に、その債務の不履行があれば損害賠償責任が生じることはいうまでもない。そして、被控訴人が、本件契約に際して、本件コンピューターに控訴人の営業内容に応じた見積管理、販売管理及び財務管理を行う能力がある旨保証した旨の控訴人の主張はこの点に関する主張であると解することができる。

さらに、対象物件の選択に高度の専門的、技術的知識を必要とし、併せてそれを使用する側の事業内容に特殊性がある場合には、右合意が適切であったか否かの判断に際しては、契約当事者双方の右合意に至るまでの交渉の経緯等を考慮にいれ、信義則に照らして検討しなければならない。

これを本件についてみるに、被控訴人はコンピューター関係の専門企業としてリースを受ける予定の相手方から提供された資料及び聴取等の結果に基づきその導入目的に適合した機種を選定して、リース対象物件として提案すべき信義則上の義務を負担し、一方、控訴人も一つの企業体として事業をしている立場にあり、その事業のためにコンピューターを導入する企画をたててリース契約を締結する以上、自らも契約締結前に相手方に資料を提供するなどその導入目的を具体的かつ明確に説明すべき信義則上の義務を負担する。被控訴人が技術的専門家として控訴人の導入目的を十分に調査、検討する義務がある旨の控訴人の主張はこの点に関する主張であると解することができる。

この見地から、右合意の内容及びその適切さについて検討する。

〈書証番号略〉、証人野口泰見(原審、当審)、同古田豊(原審)、同藤村利治(原審)、同縄本佳司(原審)の各証言及び控訴人代表者本人尋問の結果(原審)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  控訴人の代表者の家族は従来から「野口メリヤス」の商号で繊維製品の販売を個人経営として行っていたところ、大手スーパーである株式会社ニチイ(以下ニチイという)の勧めにより、ニチイに対する店舗設計施工及び什器企画販売を目的として会社を設立することとし、控訴人は昭和五七年一二月に設立された。

控訴人は、一方、昭和五八年春から副業的にメロディカードの国内販売を始めたところ、その売れ行きは良好であった。なお、株式会社ホルス(以下ホルスという。)がその国外販売を担当する約束になっていた。

2  コンピューター導入のきっかけは、メロディカードの開発を共にした関西ナショナルからの誘いにあわせて、メロディカードの販売を共にしたホルスの誘いがあったことである。

3  控訴人が、少なくとも昭和五九年三月頃以降、ニチイに対する店舗設計施工及び什器企画販売に関して、コンピューターを利用した見積管理の作業として考えていたことは、一定の型により什器部品がマニュアル化されていて、組立式の什器が五〇〇〇個位あり、什器の他に、アクリルのケース、ガラスのケース、フックなどのような備品があり、これを含めると、一万五〇〇〇個位あって、パーツについて、単価付きで、表ができており、表から拾い出して組み合わせて、全体の価格を出し、この結果をもとにニチイに対して提案し、ニチイの修正要求などを考慮して最終的に見積書の具体的内容を決定するというものであった。

4  本件契約締結前における控訴人と被控訴人との間の交渉に関する事情は次のとおりである。

控訴人はニチイとの前記取引に関する契約が締結されたのは昭和五八年八月三一日であり、前記認定のとおり本件契約が締結されたのはその直前の同年同月二三日であって、控訴人においては、本件契約の締結までには、什器等のパーツについて、一応の図面はあったが、きっちりとマニュアル化したものになっていなかった。

一方、被控訴人の従業員である樋渡某は他の事務機器のリースをしている関係から日頃から控訴人事務所に出入りしていたところ、樋渡は、控訴人がコンピューター利用の希望をもっていることを察知して、これを同じく被控訴人の従業員である古田豊に伝え、古田を控訴人に紹介した。

古田は、昭和五八年六月頃、控訴人事務所を訪れ、ハード本体については、コンピューターのカタログを一部、ソフトについては、帳票の見本のカタログで二種類のうちいずれか一部を控訴人代表者に交付した。

その後、同年八月頃古田は、控訴人事務所に赴き、控訴人代表者、役員野口泰見、従業員小柳某と交渉を持ち、コンピューター導入の必要性についての事情を聞いた。それによると、月末締切時期になると、請求書の事務が多忙となり、これを簡略化したいこと、当時販売していたメロディカードについて取引先が非常に多いのでこれを便利にしたいことであった。

5  昭和五八年八月二三日に締結された本件契約書(〈書証番号略〉)には、リース対象物件としてのソフトとしては、「販売管理」及び「財務管理」の記載しかなく、「見積管理」の記載がない。

6  本件コンピューターの付属ソフトはパーケージソフトであり、当時、販売管理ソフト及び財務管理ソフトしかなく、見積管理ソフトはなかった。右販売管理ソフトは、商品を売って、請求業務、請求書発行に至るまでの管理を内容としており、販売前の作業である見積管理はその内容となっていなかった。

見積管理ソフトが開発され、被控訴人が取り扱えるようなったのは、控訴人に納品した昭和五九年六月頃である。

7  昭和五八年一一月三〇日財務管理ソフトが納品されたが、昭和五九年三月被控訴人のコンピューター担当者が古田から中井某に交代となり、控訴人の役員であり代表者の娘である野口泰見は新規の係員である中井に対して、本件コンピューターをニチイに対する店舗設計施工及び什器企画販売の見積に使用したいことを熱心に説いたので、上司である石川課長が控訴人事務所に赴き事情を聴取したところ、同女は石川にも同旨のことを説明した。そこで、石川は営業政策上これに応じることとし、目下開発中の見積ソフトを無償で付加することで両者合意に達した。

8  同五九年六月二一日販売管理ソフト及び見積管理ソフトが納品された。

9  昭和六〇年一月頃、控訴人は、メロディカードの販売提携先のホルスからの申出を受けて同社に国内販売権を譲渡してその販売を中止した。

10  控訴人は、昭和六〇年六月頃から本件コンピューターを使用し始めた。これらソフトを納品後使用してみたところ、控訴人の前記3記載の利用目的である、ニチイに対する店舗設計施工及び什器企画販売の見積のためには、最終的には、本件コンピューターの容量不足のため計算違いが生じたり、作動が著しく遅れる現象が起こることが判明した。

11  善後策について、種々交渉がもたれ、被控訴人側も誠意を尽くす姿勢で臨み、控訴人側もその誠意に応える努力をしたが、昭和六一年三月三一日頃、双方譲歩する余地を見いだし難くなり話し合いが決裂したまま今日に及んでいる。以上の事実が認められる。

〈書証番号略〉には財務管理の結果に計算違いがあることが認められるが、それが本件コンピューターの容量不足又はソフトの欠陥によるものか、操作ミスによるものか確定できないばかりでなく、財務管理ソフトについての容量不足の主張はない。

〈書証番号略〉のホルスと控訴人との間のメロディカードの販売に関する契約解除の時期が昭和五九年一月である旨の記載は、証人野口泰見(原審、当審)の証言及び弁論の全趣旨に照らして採用し難い。

〈書証番号略〉の記載並びに証人野口泰見(原審、当審)及び控訴人代表者本人の供述(原審)中以上の認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用し難い。

以上の認定事実に基づいて考えると、本件契約において本件コンピューターにつき見積管理の能力を有することを保証したことを認めることができないばかりでなく、前記本件契約締結前に控訴人の代表者又はその従業員が被控訴人の従業員である古田に対して、ニチイに対する店舗設計施工及び什器企画販売の見積のためにコンピューターを使うこと及びその見積の具体的な内容を説明していたことを認めることができず、前記認定の4記載の程度の説明をしたにすぎないことが認められる。

したがって、被控訴人が本件コンピューターを控訴人の当時の導入目的からみて適当なものとして選定して提案したことは、被控訴人に対して信義則上要請される前記付随義務の不履行があったものとはいえない。

かえって、以上認定事実に基づいて考えると、コンピューター導入の契機となったのはメロディカードの関係の会社の勧めであったこと、本件契約締結当時控訴人は設立後間もなくの会社であり、ニチイとの業務契約が締結されたのも本件契約締結の数日後であって、当時メロディカードの販売事務もかなりの事務量を占めており、それも当時コンピューターを導入する理由の一つではなかったか、右の事情からニチイに対する店舗設計施工及び什器企画販売の見積の具体的内容が必ずしも明確ではなく、それゆえ本件契約締結に際してこれらを明示することができなかったのではないか、本件コンピューターの導入目的について本件において控訴人が主張する、ニチイに対する店舗設計施工及び什器企画販売の見積のためという、目的は必ずしも本件契約締結前には煮詰まっていなかったのではないか、との疑問を払拭しきれない。

また、前記認定のとおり、被控訴人は控訴人に対して昭和五九年三月頃見積管理ソフトを無償で提供する旨約したのであるが、それは本件コンピューターの納入後、被控訴人において控訴人の要求に対応して営業政策上やむを得ず譲歩した次善の策であったのであり、前記認定の経緯に照らして考えると、このことを以て、被控訴人は控訴人に対して、本件契約締結に際して、本件コンピューターがニチイに対する店舗設計施工及び什器企画販売の見積をなしうる容量を有することを保証したことを推認せしめる事情とはいえないばかりでなく、右無償提供を約した時点で新たに同旨の保証をしたことを認めることはできない。

さらに、販売管理ソフトに関して本件コンピューターが容量不足であったことを認めるに足りる証拠はない。

三被控訴人が控訴人に対して昭和六一年二月一九日本件コンピューターの代わりに、比較的容量の多い大型コンピューターを納品することを約したとの主張(請求原因4、5各(2)記載)に関する認定判断は、原判決七枚目表七行目の「本件」から同裏六行目の末尾までの記載のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決七枚目表七行目の「(1)」を「請求原因4、(2)」と訂正する。)。

当審における弁論及び証拠調の結果を考慮にいれても、右引用に係る原判決の認定、判断を変更する必要を見出さない。

四最後に、錯誤の主張についてみるに、以上認定の事実に基づいて考えると、本件契約に関し、控訴人主張の点につき、意思表示の要素に錯誤があったことを認めることができない。

五してみると、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の本訴請求(当審における請求拡張部分を含めて)は理由がないことに帰し、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとする。

(裁判長裁判官柳澤千昭 裁判官東孝行 裁判官松本哲泓)

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